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キョリピック100/四日市京都ラン(後編)

二日目(5月3日土曜日/憲法記念日)。
 

昨晩、ようやく辿り着いたビジネスホテルも、周辺にめぼしい食事処がなく、かつ大いに疲労&体調不良感もあり、すぐに寝る前提でコンビニサンドをMGMG。。ジャーっとお湯をためて〜チャチャッと入浴。。最低限の荷物整理をしてベッドに潜り込むと〜テレビを消す間もなく眠りの深海へと潜っていくのでした。。。

そんな一夜も明けて、体調もそこそこ回復。
「一晩寝る」ってのがどれくらい体力を回復させて、痛みを和らげるか、驚くほどの復元力を今回も実感(まあ、それをあてにはしてるんですけども。。)。人間の回復力ってホントスゴい。食事よりも何よりも、まずは眠ることの重要さ。。

それでは出立...いざ京都。




風呂敷に荷物をくるみ(ホント簡単に)、チェックアウトを済ませ、水口を8時過ぎにスタート。
国道1号沿いから古い町並みを眺めながら、再び東海道へアクセス。宿場町ならではの小さくも良い神社を見つけて、道中の安全祈願。これでホントに一日が始まるような気になる。。

ここらから石部周辺まで東海道が直線的になる。言うなれば田園風景で、東海道規格の街道風情も町家も少ない。
地名に「畷」(なわて)とつくくらいだから、あぜ道が東海道に昇格したパターン。。往時から田畑に挟まれた一本道だったのだろうが、両脇に松の木や榎をイメージすれば、何となく浮世絵の構図も目に浮かんでくる。。
これもこの地の東海道スタイルなのだ。

栗東に入ると、いよいよ琵琶湖文化圏。
あちこちに水路が整備され、調整された小川が流れ、水との身近な関係を見るにここらの歴史を垣間みる思い。。

ウォームアップ的に三雲城址を少しトレック。寄り道しようと思うのは、まだ体調が好ましい証拠だ。。




宿場があまりパッとしない(史跡等があまり残っていない)反面、宿場の中間にあたる間(あい)の宿が印象的。
京都出発で考えると、ここらは二つ目の宿場を越えたところ(日本橋で言えば川崎)で、泊まると言うよりは通過するエリア。しかも上記のような穀倉地帯なので、ランドマーク的な施設に乏しい。

そんな道中の集落にある和中散本舗(往時の薬屋)で、東海道絡みの(地域活性イベント)が開かれていて、偶然通りかかった三度笠を和装のご婦人がもてなしてくださるという、俄に信じられない何ともありがたい展開。。


「間の宿(あいのしゅく)」とは宿場と宿場の途中にある休憩ベースの宿で、喫茶店と言うよりは大型バスの着くドライブインみたいな場所。行列の人員を迎えるため広い間口になっているのだが、脚絆&足袋の脱ぎ履きは一苦労なので、軒先にちょこっと腰掛けられて飲み食い出来るのは実にありがたい。

大規模な大名行列だと時には千人を越えるので、先頭から最後尾まで一度には対応しきれず、何度も何度も同じように出迎えるのだろう。先導役の一喝で、慌ててお茶をすすりながら旅だって行った足軽や人足の光景が思い浮かぶ。。

(↑怒られ役の人足?)

茶釜の湯で茶を煎じてくださり、傍らでは琴を奏でて戴いた。何とも光栄の極み。こんな格好してて良かった。。
...でもこうなると改めて考えてしまうのだが、肩に限らずもろ肌を出してるってのは、どうにも*呼ばれる格好ではない。どんぶり&股引は言うなれば職人の仕事着なので、公式な場には相応しくないし、特にご婦人の前では些か礼を失する。。

こういうシチュエーションをも想定すると、もう少しかしこまった格好....つまり和服を着るのが正しいのだろう。。
時代劇の旅人が和服姿で旅をするように、和服の裾を端折って旅(走る)をする。。これが私の求める究極の姿なのかも...と、危険な方向性に気づいてしまう。。。次回は和装旅人!?




草津は東海道五十二次めの宿場。四日市を離れると徐々に京都文化圏の色合いが強まってきたが、草津からは一気に繁華街風情となるため、目に入るものが関西風に思える。すれ違う人の喋りも関西訛が顕著。

草津は、東海道と中山道が分岐(東京方向から考えると再び統合)する町で、立派な道標が建っている。
写真を撮る私が京都方向に立ち、トンネルを直進すれば中山道、右に行けば東海道となる。


旧街道のお決まりで、街道が分岐する場所や、川を挟んだ両側の宿場は、数日間の滞在を余儀なくされる場合もあって常に旅人があふれている。また延泊中はお金を使うので、周辺は確実に栄え、時代を超えて繁華街となっている場合が多い。草津もその雰囲気が色濃く残っている。



いよいよ唐橋を越えれば最後の宿場/大津。
琵琶湖を横目に、膳所(ぜぜ)、大津を越えると、京都への最後の峠にさしかかる。地図的にも京都は目の前だし、国道を兼ねる東海道を進めば、ファストフードに喫茶店...ロードサイドの誘惑に吸い込まれ、ついつい休憩時間も長くなり。。。

京都と琵琶湖東岸を繋ぐ大津は、往時より交通の要所で、東海道も複雑な軌道を辿っている。要所が故に、歴史上価値のあるものや面白いものが沢山あるのだが、夕闇迫る街角で、昨日とよく似たこの展開。。時速の放物線は相変わらず下向きながら、本日一の難所を前に、ゆっくり見学も出来ないのが残念だ。。

大津駅を通過するとほどなく峠が眼前に迫る。ここから先は狭い国道のすぐ脇をJRが並走する特徴的な道路で、つづら折りのような急坂を沢山のトラックがカッ飛んで行く。特徴のあるような無いような光景だが、一度通ると忘れがたい風情があるのだ。なぜか琴線に触れる不思議な国道1号。。

ここらで日没を迎えるが、完全な暗闇になる前に少しでも距離を伸ばしたい。。
「カチッ....」
そんな焦りから、ようやくスイッチが入ったようだ。
峠を駆け上がり、追分駅を横目に、この跨道橋(下は名神高速)を渡り、もう少し先の山科の繁華街まで進めばもう暗がりはない。気合いで行け〜!頑張れ俺!?....振り返ればキョリピック100の中でまともに走ったのは、この10kmが唯一だった。。




山科から京都市内に入ると、通りの名前が三条通となるが、道沿いからは平安京の全容はまだ見渡せない。

ほの暗い緩やかな下り坂は街の直前まで続き、最後の大きな左カーブを曲がるころいよいよ盆地の底に達する。
ここへ来てようやく見えた。京都の街がきらびやかに華やいでいる。最後の1kmはレース場のメインストレッチさながら...
「三度笠よ、あれが京の街だ。。」今更ながらのダッシュ。一人ウイニングラン。

午後7時半。
京都三条大橋に到着。

擬宝珠の前で、YES!キョリピック100!!
 
 
  
 
無理矢理日程に、体調不良も押してのキョリピックでしたが、関係各位、旅先で出会った皆さん、その他天気に森羅万象諸々のおかげで無事に完走する事が出来ました。大きな声で御礼申し上げます。どうもありがとうございました!




走行距離:50km(滋賀県水口〜京都三条大橋)
晴れときどき曇り/18℃〜25℃
 


キョリピック500の出発前に、何度も東海道中膝栗毛を読ませていただきました。
ようやくお会い出来ましたね。。弥次喜多アルルの図



 
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