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キョリピック100/四日市京都ラン(1)

平成25年10月の「キョリピック500/伊勢日本橋」終了から半年。
早いうちに片付けたい...と、常々心に引っかかっていた、四日市から京都までのキョリピック100km。



四日市から京都というのが何を意味するかと言えば....
伊勢神宮から日本橋を繋ぐ「伊勢街道」は、三重県伊勢市を出発して志摩半島の海岸沿いを北上し、四日市の日永(の追分)から「東海道」に合流し、東へ進めばやがて(百里≒400km)日本橋に至る。そういう道です。
つまり四日市から西へ向かって京都まで走れば、東海道をも完走したことになるだろう...との思いから、チャンスがあれば四日市へ行こうと考えて半年....

2014年のGWを絡め、諸々が都合よい日程を確保できたので、急遽荷造りを始め、あたふたドタバタ〜火の始末、戸締まり用心、指差しOK!?....勢いのままに家を後にするのでした〜



2014年5月1日(木曜日)夕方

午後までに仕事の整理&野暮用をこなし、急速にパッケージングを進める。
翌日からの日程を鑑み、なるべく早い時間に現地に着きたいと思い、新幹線移動でなく、東京駅近く鍛冶橋駐車場から発車の深夜バスを選ぶ。

これに乗れば明朝6時前には名古屋駅に到着するので、近鉄を乗り継いで「日永の追分」へ7時に到達出来る。新幹線だと始発に乗っても8時を過ぎるので、スケジュール上かなりありがたい。
今回から「飛脚」コスチュームを着用することにしたので、セッティング等を鑑みて少し余裕をみたいし..。

鍛冶橋駐車場(東京駅)23:30発、名古屋行き深夜バスに乗り込む。
既に飛脚姿(ランニングシャツ+どんぶりの上半身に、半ダコ+脚絆の下半身)なもので、深夜バスの車内温度がどうにも低い。これで体調不良に陥るパターンだ。。でも眠いので寝ちゃおう。。(そして体調不良が悪化するのでした....)



5月2日(金曜日)
5時40分には名古屋駅のはずれ(名古屋南笹島ライブ)に到着。
バスから降りた大勢の皆さんにつられるように歩いて行くと、やがて名古屋駅に到着。

何かを口にすることも無く、近鉄電車を目指し、まずは四日市へ移動。
四日市に到着するもそそくさと日永行きの電車を目指し、指示されるままに遥か遠くの乗り換えホームに移動する。
ホームに待っていたのは、珍しい狭軌の可愛い電車。
ストロークの短い揺れや、ゴトゴトと懐かしい走行音。。都電のような感覚は心地よく眠気を誘う。。
山手線のように見えなくもないが、人間との対比で小ささがお分かり戴けよう。

更にもう一度乗り換えて、7時過ぎに「追分」駅に辿り着いた。
駅脇にある小さなおにぎり屋さんが営業していたので、カーボ補給の意味でカレーライスを食べる。
荷物を確認し〜身支度を整えて、いざ日永追分へ。。



半年ぶりに訪れた追分は、相変わらず整然としていて気持ちよい。


まずは大鳥居に挨拶し、手を合わせ、前回のゴール報告と今回の旅路の無事を願います。
別に神社仏閣の類いではないですが、何となくそういう空気を感じる場所なのです。

8:30。
いよいよ京都に向けて出発!
快晴微風、気温&湿度もそこそこの旅日和。
今日の目的地は、京都までの半分+ちょっと先の水口あたりか。。

この時間帯で寒くなければ、日中はこのままの格好でイケルな!(そもそもこの考え方は不正解)




飛脚スタイル(飛脚と言うか、旅人というか、カテゴライズが難しいとこ)で先日の東京マラソンを走ったものの、普通の市街地を走るのは今回が初めてなので、しばらくはドキドキと周りからの反応を気にすることになる。
(まあ、東京からの交通機関乗車をはじめ、全てこの格好でこなしているのですが。。)

別に法律にもモラルにも反する訳ではないのでどうってことは無いが、時折すれ違う親子連れの会話...
「ねえママ〜あの人の格好見て〜」「いいの!静かにしなさい!」ってやり取りを耳にすると、やはりエキセントリックな格好であることを再認識する。でもどうってこと無いぜ。。(と開き直る他になし)



杖衝坂、釆女、本日最初の宿場「石薬師」、次いで「庄野」「亀山」と足早に過ぎ去る。
以前、バイクでお世話になった工場もこの近くに(加佐登)あるのだが、気づく前に通過していた。
実はここ数日の体調不良(深夜バスのせいばかりではありません)に加え、軽度の頭痛をも発症していたので、些かぼうっとしていた。
旧東海道を意識するよりも、体調や諸々に気を配っていたために、ただ何となく国道1号を来てしまい、つまらない10kmになった。。いかんいかん。。

気を引き締めて東海道に集中すると、1号の傍らに「関宿」の看板が現れる。
看板の設えからして、観光地としての気合いを感じさせる。

そこから東海道に入ると、すぐに特有の東海道規格の町が現れる。
往時の街道の規格であった六間(10.8m)という道幅をベースに、古くからの地主の立派な家が、道の両側に建ち並ぶ景観。
多くの家は街道を前に庭を設えないので、道路の眼前まで軒がせり出していて、旧街道ならではの特有な雰囲気が醸し出されるのだ。

だからたとえ道に迷って東海道から離れてしまっても、「立派な屋根瓦の家が一直線に並ぶ」場所が視界にあれば、それが東海道で間違いない。


関宿に入ると、まずは典型的な東海道規格にホッとするだけでなく、その町並みが延々と続くことに驚く。
1.5km以上に渡る旧街道風情はかなり保存状態が良い。存続する強い意識を持ち、地域の皆さんが気持ちを一つにしなければ絶対に残らないのだが、これほど長く、かつ状態よく町並みが残るってのは、私が見た限りでは東海道随一だろう。

関宿途中の「関の戸」さんで記念撮影をば。。
店主と話をすれば実は妙な縁もあり。。またいつかお会いすることでしょう!




全くペースの上がらないランニング(というかほぼ歩き)と、途中の寄り道多数もあって、鈴鹿峠にさしかかる頃には些か日も傾いてきた。。
道中には歴史のプレートなどもいくつもあって、普段はそれを読むのも楽しいものだが、鈴鹿峠のそれは、往時の過酷さとか、山賊が出没して金品目的で旅人が殺されたとか、現代にはそうそうあり得ない話ながら、鬱蒼と茂る森の中であまりいい気分はしない。ここばかりは気合いを入れて足早に登ってしまおう。

そしてようやく峠の頂にさしかかった。
視界の広がる山の頂をイメージしていたが、木立の中から行き先看板が数枚現れる程度の地味な頂点だ。
ここが伊勢と近江の国境。現在の三重県と滋賀県の県境。

ちょっとビビりながら走ったおかげで、一気に登れましたとさ。。



峠越えを無事済ませると、少し安堵したのか再び休憩時間が長引く。いつもの長っ尻癖が出る。

ところが滋賀県側にずいずい入ると、次第に東海道風情が顕著になって休憩出来るようなお店が無くなる。そればかりか自販機すら滅多に見かけなくなる。恐らく何かの取り決めなのだろうが、よそ者の取りつく島がほとんど無い。

もちろん左右どちらかに数分歩けば、国道一号や県道が幾本も走っているので、コンビニも何もあるのだが、東海道を邁進していると見事にそういうものが消えている。ちょっと気を使わないと熱中症他、若干問題になりそうなポイントだ。

土山を越える辺りで日没を迎えた。
こうなるともう完全に走る気もなくなり、しばらくは歩いてた。
(実は夜間装備も不備で、キョリピック感が大いに後退している事実を一人嘆くのでした。。)

界隈で、翌日の5月3日は祭りの特異日らしく、各地で祭りの準備に取りかかっている。
すっかり日も暮れた近江の国だが、祭り支度をする人々のおかげで少し楽しげ。気分的に若干救われる。。
ホントはお祭りを見ながらってのも最高だけど、さすがにその余裕も無く、暗がりの旧東海道をひたすら西へ向かう。。
カエルの合唱だけがBGM。




なんとかイメージしていた初日の終点「水口」に到着。
スタート直後からまるで進まない脚に、ちょっと頑張ると頭痛の種が顔を出し、ほぼ走れない状況下ながらどうにか予定の距離を進めた。

昨年のキョリピック500の際は、トレーニングの他、各方面でそれなりの準備を進め、体調不良の場合の対処法や、トラブル回避の術を意識していたが、今回はそれらほとんどを忘れてしまったり、長距離ランでも脚の衰えを実感した。
500の時はいくつかの理由で「日焼け厳禁」だったが、初日からとんでもないまでに日焼けしてしまった肩などはいい例で、長い距離を進む際の禁忌行為を直感的に忘れてしまっている。残念ながらこれは旅人失格。


連休にさしかかる木曜日だけに宿泊が危惧されたが、この日は辛うじてビジネスホテルがとれた。
問題は明日。連休の後半初日にして金曜日。京都最大級の繁華街、三条大橋がゴール。。。
はたして体調は戻るか?走れるのか?泊まれるのか??
どうなるだろうか。。




走行距離:56km(三重県四日市日永〜滋賀県甲賀郡水口)
晴れ〜曇り/15℃〜24℃


 
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